燦々と輝く夏の強い日差しが、トキワの緑の木々に濃い影を作っていた。
いつもなら空調の効いたジムの中、トレーニングに励んでいる時間だがどうも気乗りしないオレはぐるりと街を一週するつもりで歩いていた。サボっているわけじゃなく、ジムリーダーとして街に異変がないかパトロールということにしておく。用意しておいた言い訳に苦笑するジムトレーナー顔も、最近ではもう慣れっこだ。

じりじりと照らす太陽を避け、なるべく日陰を日陰を、と道を選んでいると目の前の建物から一人の少女が現れた。
トレーナーハウスと書かれた自動ドアから少女と共に冷気が溢れたのは一瞬のことで、すぐさま夏日が落とした熱気に溶けた。

「よう」

少女の方はというと当然冷気とは違い溶けることもなく、かけられた声の主を捜してくるりと首を回した。白い帽子が眩しく、手を挙げたオレの視線とかちあうと、帽子が作った濃い影の奥で大きな瞳が更に大きく開かれた。

「グリーンさん!」
「トキワに着てるなら連絡ぐらいしろよ。案内してやんのに」

オレが木陰から出ようとしないのを見て取ると、コトネはすぐさま側に走り寄って一息ついた。頭一つ分も違う身長を上から見下ろすと、細い首筋には早くもじわりと汗が浮かんでいた。
なんとはなしにそれを眺めていると、ぱたぱたと手扇で顔を仰ぐ。

「外は暑いですね」
「だな。ウィンディが喜びそうだ」
「ナッシーもすごい威力のソーラービームが撃てそうですね…」
「つーか、ちょっと涼しいところ行こうぜ。あちぃ」
「あ、私行きたいところがあります」
「そこ涼しい?」
「と、思いますけど…」
「んじゃ、そこで」


簡単な会話の後、歩き出すこと少し。
トキワの街の北。街よりも更に濃密な深緑に包まれたそこはいくぶん街よりも涼しく、しかし空調の完備された建物よりは暑かった。

「なんでトキワの森?」
「涼しいでしょう?」
「微妙」

ふぅ、と溜息を吐いたオレを無視して、コトネは楽しそうだった。首がもげるんじゃないかと思うくらいぐるりと青と緑が作るコントラストを見渡し、木漏れ日に目を細め、昼下がりの日差しをいっぱいに浴びた木々が作り出す濃い緑の匂いを存分に吸い込んで目を閉じる。
森の影と日の影を飛んだり跳ねたりしながら行き来する様は言ってしまえば幻想的で、現実から乖離していた。もしこれがオレの妄想が作り出した産物だと言われても納得できるだろう。

「あ、キャタピー!」

コトネの視線の先を辿ると、頭上の枝からそれらしき緑色の尻尾が飛び出している。

「あー頭には触るなよ、液が服につくと当分匂いが取れないぜ」
「知ってますよー。ウバメの森にもいましたもん。でも、トキワの森にもいるんですね」
「まーキャタピーは割と生息域広いからな。てか、お前ここ通ってトキワに来たんじゃないのか?」
「前に通った時は夜だったから、あんまりポケモンたちに会えなかったんです。ホーホーはたくさんいましたけど」
「夜って…お前女の子が夜歩きするもんじゃありません」
「ポケモントレーナーにそういうこと言います?」
「じゃー今度はオレに電話しろ。すぐ行ってやっから」

夜なら今よりは涼しいし、と付け加えると、コトネは夏の日差しに似合う笑い方をして「考えておきます」と言った。現実的な回答だ。オレとコトネの関係を考えれば。

「で、キャタピー捕まえに来たのか?バタフリーまで進化させれば'ねむりごな'や'しびれごな'なんかの補助技も多彩だし、いいサポート役になるかも」


「ピカチュウです」


最後まで言い切らぬうちにコトネははっきりと告げた。
その真夏の影を凝縮したような黒い瞳が、キャタピーでもオレでもない、誰かを映していて。

ああ。

そういう、コト。



いっそ全て白昼夢であったなら。
この暑さの中、空調の効いた建物を飛び出し、オレたちの他にひとっこひとりいない森の中で目と目を会わせて会話をしていたとしても!結局!コイツの頭にあるのはアイツだけで、ああもう舌打ちでもしたい気分だ!



今お前の隣にいるのはオレなのに!